第2回:知財ガバナンスの要「経営陣の関与」とは?〜大学トップの意思が、研究成果の未来を左右する〜
はじめに:知財ガバナンスは「経営の意思」から始まる
大学における知的財産活動は、もはや技術移転部門(TLO)や知財部門だけの責任にとどまりません。近年、大学の研究成果を社会に活かすためには、学長をはじめとする大学の経営層が、知財戦略に明確な意思を持ち関与することが不可欠とされています。
こうした認識に立脚して策定されたのが、2024年3月の**内閣府「大学知財ガバナンスガイドライン」**です。このガイドラインにおいても、「経営の関与と責任」の重要性について強調されています。
■ 大学知財ガバナンスにおける経営層の責任と役割
「大学知財ガバナンスガイドライン」では、大学の経営層(ガイドライン上では「執行部」と表現)、特に大学の長(学長等)に対し、知的財産の保護及び活用に関する基本方針の策定と、その実行責任を強く求めています。これは、知財活動が大学の経営戦略と一体であるべきとの考えに基づいています。
ガイドラインでは、学長だけでなく、副学長、部局長、研究推進担当理事といった大学の経営幹部全体が、知財ガバナンスにおいて以下の役割を果たすよう促されています。
- 学内の知財ガバナンス体制の整備
- 産学連携や研究戦略との整合性の確保
- 学内外に対する説明責任の遂行
このように、知財は単なる管理業務ではなく、大学の経営課題の一部として、経営陣自らが方針を示し、強力に推進する必要があるという明確な立場が、ガイドライン全体を通じて示されています。
■ 経営層が知財に関与することの意味
◎ 1. 知的財産が「大学の戦略資産」になる
経営層が知財を経営課題と捉えることで、特許やノウハウといった知的資産が単なる研究成果の副産物から、社会実装や資金循環を生む戦略資産へと変わります。
知財は「守る」だけでなく、「使って価値を生むもの」であるという発想が根づくことで、大学の知財活動が本質的に変わっていきます。
◎ 2. 大学全体で知財を支える体制が整う
経営陣が関与することで、TLOや知財部門、URA、研究推進部、財務部門などとの横断的な連携体制が整いやすくなります。
研究者個人任せではない「全学的な知財戦略」のもと、出願・ライセンス・起業支援といった施策が、組織として連携して動くようになります。
◎ 3. 外部との信頼性が高まる
企業、VC、自治体など外部パートナーにとって、大学のトップが知財に理解と意思を持っているかどうかは、連携の信頼性を測る重要な要素です。
経営層が協定締結や大型共同研究、スタートアップ支援などに対し明確な意思を示すことで、「この大学は本気だ」と伝わり、協業の質と規模が向上します。
■ 日本の大学における経営層の関与事例
ここでは、国内の大学における経営主導型の知財ガバナンス実践例を3つご紹介します。
① 九州大学:全学横断組織の整備と連携戦略
九州大学は、産学官民連携の中核組織として**「学術研究・産学官連携本部」**を設置しています。この本部は、知的財産管理・活用、研究戦略推進、産学官連携の推進など、幅広い活動を担う学内窓口の一元的組織です。同本部に知的財産部門が置かれており、知的財産の適切な保護と活用を進めています。
参考資料:
- 九州大学 学術研究・産学官連携本部 公式サイト: https://airimaq.kyushu-u.ac.jp/
- 九州大学 知的財産の管理・活用: https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/research/cooperation/management/
② 東京科学大学(旧 東京工業大学):研究戦略と知財機能の統合
東京科学大学(旧 東京工業大学)では、旧東京工業大学時代の2017年に研究企画機能と産学連携機能が統合され、**「研究・産学連携本部」**が発足しました。これにより、研究戦略と知的財産に関する機能が一体化され、知的財産の一元的な管理・活用体制が確立されています。この統合された体制は、研究成果の活用を早期から検討する文化の育成に寄与しています。
参考資料:
- 東工大の産学連携活動 - 特許庁技術懇話会(特技懇)資料: http://www.tokugikon.jp/gikonshi/297/297kiko4.pdf
- (※この資料は旧東京工業大学時代のものですが、統合前の体制について言及されています。)
- 東京科学大学公式サイト: https://www.science.titech.ac.jp/
③ 慶應義塾大学:知財・起業支援の戦略的統合
慶應義塾大学では、**「イノベーション推進本部」**を整備し、知的資産部門がこの本部に移設されたことで、知財と起業支援を戦略的に連携させています。同本部は、研究者にとって起業しやすい環境を整備し、大学発スタートアップの創出・成長支援に注力しています。知的資産部門はイノベーション推進本部と連携し、スタートアップへの知財支援も行っています。
参考資料:
知的資産部門と連携し、起業しやすい環境を整備。慶應ならではの学内スタートアップ・エコシステムの基盤を築く - IP BASE: https://ipbase.go.jp/learn/ecosystem/page48.php
慶應義塾大学イノベーション推進本部 公式サイト: https://innov.keio.ac.jp/
慶應義塾大学 イノベーション推進本部 知的資産部門: https://innov.keio.ac.jp/about/intellectual-property/
■ 現場(知財コーディネータ)の視点から
私は大学の知財部門にて知財コーディネータとして活動し、日々、研究者との出願相談、企業との契約調整、大学発ベンチャー支援などに携わっています。
その中で痛感するのが、「経営層の意思表示」があるかどうかで、現場の動きやすさが大きく変わるということです。
- 明確な知財方針がある大学では、判断基準が明確なため研究者・企業との調整がしやすい
- 経営層が関心を持ってくれている大学では、現場のモチベーションも高まる
- 一方で、知財が「現場任せ」の大学では、成果が埋もれ、チャンスを逃してしまうことも多々あります
経営層が「知財に関与すること」は、単に組織統制のためではありません。未来の社会実装やイノベーションに向けて、大学の責任を果たすことだと思います。
■ おわりに:経営と現場がつながり、知財は活きる
ガイドラインが求めるのは、制度としての知財ガバナンスではなく、大学の未来を創る知財の使い方です。
その出発点が、「経営の関与」。
大学トップが知財に意思を示し、関係部門と一体となって知財戦略を策定・実行することで、研究成果が本当に社会に活かされる仕組みが築かれていきます。これは大学に限らず企業でも同じかもしれませんね。
次回予告(第3回)
「大学の知財ガバナンス体制はどう構築すべきか?」
TLO・知財部門・URAがどう連携し、どんな仕組みで知財を支えていくべきか、現場視点で掘り下げて解説します。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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