第3回:大学における「知財ガバナンス体制」はどう構築すべきか?

〜TLO、URA、知財部門が連携する仕組みと実践例〜

はじめに:体制なきガバナンスは機能しない

大学が知的財産を戦略的に活用し、社会に成果を還元するためには、単に理念や方針を掲げるだけでは不十分です。それを支える“体制”こそが知財ガバナンスの土台です。

大学知財ガバナンスガイドラインでは、執行部(経営陣)の方針に基づき、知財の取得・管理・活用を担う組織体制を整備し、関連部門が有機的に連携することの必要性が強調されています。

今回は、大学における知財ガバナンス体制の構築・運用のポイントについて、現場の知財コーディネータとしての視点と、国内の先進事例を踏まえて解説します。


■ 知財ガバナンス体制の3本柱とは?

大学の知財体制を整備する上では、以下の3つの柱を明確に構築することが求められます。

1. 組織設計:知財業務の担い手を明確にする

知財活動を行う組織体制は、以下のように複数の機能・部門にまたがることが一般的です。

機能担当組織(例)
出願・管理知財部門、TLO
産学連携研究推進部、産学連携課
起業支援スタートアップ支援室、イノベーションセンター
戦略調整研究戦略室、URA

これらの機関が縦割りで孤立しないよう、統合的なマネジメント体制をつくることが第一歩です。


2. 権限と責任:判断の所在を明確にする

知財戦略や企業との契約交渉、ライセンス方針などをどこで意思決定するかは、大学によって異なります。しかし重要なのは、「誰が最終的な責任を持ち、判断するか」が明確になっていることです。

例えば:

  • 大型共同研究の契約は理事会承認とする
  • 起業家支援に関する知財ライセンス判断は経営戦略会議に付議する
  • 出願可否の判断には技術審査委員会の意見を反映する

こうした意思決定プロセスの透明化と明文化が、ガバナンスの実効性を支えます。


3. 人材・専門性:適材適所のチーム編成

知財に関わる業務には、法務・技術・経営の横断的な専門性が必要です。

  • 弁理士・特許担当者:特許出願・管理
  • 知財コーディネータ:研究者との橋渡し、企業との調整
  • URA(リサーチ・アドミニストレーター):研究戦略・資金調達の視点
  • スタートアップ支援人材:起業・VC対応

これらの人材がチームとなって機能することで、単なる“出願業務”に留まらない、本質的な知財活用が可能になります。


■ 日本の大学における体制整備の事例紹介

ここでは、国内の大学における知財ガバナンスのための体制整備の事例をご紹介します。

① 大阪大学:知財・連携・起業支援を統合した「共創機構」

大阪大学では、**2018年1月に「共創機構(Co-Creation Bureau)」**を設立しました。この組織は、従来の産学連携活動に加え、知的財産やベンチャー(VB)育成、地域連携、ファンドレイジング機能などを強化し、社会と大学が新たな価値を「共創」する活動に取り組んでいます。共創機構は、知財戦略室の陣容整備や、ベンチャー法務知財相談を担う産学法務支援室の設置(2020年)、ベンチャーキャピタル等と連携した事業化支援を通じて、知的財産および起業支援を推進しています。

参考資料:


② 名古屋大学:URAと知財部門の協働によるプロアクティブ支援

名古屋大学では、URA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレーター)が知財・技術移転、競争的研究資金獲得支援、産学共同研究推進など、多岐にわたる業務を担っています。URAは幅広い専門性を持ち、研究プロジェクトの形成段階から関与することで、知財戦略を含む研究開発マネジメントを支援する体制を構築しています。

参考資料:


③ 広島大学:TLO機能の内製化と学内知財管理体制の強化

広島大学は、知財管理運営部門として「広島大学産学・地域連携センター知的財産部門」を学内に設置し、知財の創造サイクルを回し、イノベーション促進と産業活性化に貢献することを目指しています。これにより、特許出願・管理・契約業務など、知財関連業務を大学内で一貫して対応できる体制を構築し、知財プラットフォームの形成を推進しています。

参考資料:

知的財産プロデューサー支援事例集 - INPIT: https://www.inpit.go.jp/content/100881629.pdf

広島大学の新たな知財管理運営体制について: https://www.hiroshima-u.ac.jp/iagcc/news/28898


■ 現場(知財コーディネータ)の視点から

私自身、大学の知財部門で知財コーディネータとして日々業務を担っている立場から感じるのは、「体制が整っている大学ほど、発明者・企業・大学の三者がスムーズに動ける」ということです。

例えば:

  • 専門人材がそろっていれば、研究者が安心して相談できる
  • 権限の所在が明確なら、企業との交渉も速く進む
  • 部門連携が進んでいれば、知財を活かすタイミングを逃さない

逆に、知財担当とURAが別々に動き、経営層の関心も薄い大学では、せっかくの技術も活かしきれない場面が多くあります。

ガイドラインの言う「体制の整備」は、ただ組織図をつくることではありません。“人と人をつなぐ仕組み”として体制を設計し、現場が動きやすくなる工夫が本質だと感じます。


■ おわりに:体制が整えば、大学の知財は“資源”になる

知的財産は、それ自体が社会を変えるわけではありません。それを活かす人材と仕組みがあってこそ、初めて知財は価値を生みます

大学が未来に向けて「知財経営」を実現していくためには、部門の壁を超えて連携する体制づくりが重要です。

ガイドラインを機に、より多くの大学が「使える体制」づくりに踏み出せるように、私も知財コーディネータとして一つずつできることをやっていきたいと思います。


次回予告(第4回)

「大学における知財ポリシーと運用の実務」
大学内での発明の取扱い、職務発明のルール、ライセンスの透明性など、知財ポリシーをどのように整備・運用していくかを具体的に解説します。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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