第4回:大学の知財ポリシーとは何か?〜ルールが大学知財の信頼性と透明性を支える〜
はじめに:なぜ「ポリシー」が重要なのか?
大学における知財活動を進めるうえで、「ポリシー(方針・ルール)」は土台となる存在です。
- 発明届の提出義務はあるのか?
- 収益はどう分配されるのか?
- 学内起業時に知財はどう扱うのか?
- 教職員が副業で企業と連携する際のガイドラインは?
こうした問いに明確な指針がなければ、教職員も企業も安心して知財を活用できません。それは、知財ガバナンスの実効性が担保されていないことを意味します。
「大学知財ガバナンスガイドライン」の第3章では、大学において「知的財産に関する基本方針や、各種手続、インセンティブ等を明文化した『知財ポリシー』を整備することが必要である」旨が述べられています。
本稿では、大学知財ポリシーの整備・運用における実務のポイントを解説し、日本の大学の事例も交えて考察します。
■ 知財ポリシーの構成要素:何を定めるべきか?
知財ポリシーは単なる「理念文」ではありません。実行して初めて意味を成すものです。実務的なルール・手続き・責任の所在を明確に示す文書であり、典型的には以下のような構成となっています:
区分 | 内容(例) |
---|---|
基本方針 | 知財活動の目的、社会還元、学術と産業の両立 |
適用範囲 | 教職員、学生、共同研究先への適用範囲 |
発明届の義務 | 発明の申告義務、タイミング、様式 |
出願・権利帰属 | 職務発明の定義、帰属先(大学or教員) |
利用・ライセンス | 学内外での利用方針、ライセンスの条件 |
収益分配 | 特許収益の配分割合、処理フロー |
起業支援 | スピンオフ時の知財取扱、持分取得など |
契約・交渉 | 契約窓口、意思決定プロセス |
利益相反・副業 | 利益相反マネジメント、副業ガイドライン |
大学が多様な活動を展開する中で、これらを包括的に文書化し、教職員に周知し、透明性を確保することが肝要です。
■ 実務上の課題と対応ポイント
知財ポリシーは「策定すれば終わり」ではありません。現場の運用に落とし込むには、次のような課題があります。
① 教職員への周知不足
「発明届をどこに出せばいいか知らない」「特許を出すと収益はどうなるのか不明」といった声は、知財部門によく寄せられます。(企業に比べてトップダウンで方針を落とすのが難しいです)
✅ 対応策:
- 新任教員向けオリエンテーションでの説明
- ポリシーの図解・パンフレット化
- 研究科ごとの説明会や動画解説
② ルールの形骸化と例外対応の属人化
「方針はあるが、結局は都度判断」「ベテラン教員には別対応」というケースは信頼性を損ないます。
✅ 対応策:
- 標準フロー(SOP)と例外ルールの明文化
- 複数部門での合議による意思決定(例:契約審査委員会)
- URAや知財コーディネータによる実務支援
③ ポリシーと産学連携戦略の整合性
知財を活かした共同研究や起業支援を推進する際に、ポリシーが障壁となることもあります(例:ライセンス料の高すぎる設定)。
✅ 対応策:
- 経営層の関与によるポリシー見直し
- 産学連携部署・TLOとの定期協議
- 外部ベンチマーク(他大学・海外の事例)を参考に改善
■ 日本の大学のポリシー整備事例
①東京大学:「知財関連ポリシー」を体系的に整備
東京大学は、知的財産本部(DUCRI)を擁し、知的財産に関する規程やポリシーを体系的に整備しています。これには「職務発明規程」や「利益相反マネジメント方針」といった関連規程が含まれると考えられ、運用ルールが透明化されています。
- OTL(技術移転機関)と知財本部の役割分担が明確化されており、知財本部が特許管理や機関帰属、出願等の判断を行い、OTLがマーケティング、ライセンシング、特許出願業務を担当しています。
- 特許収益の配分ルールも明確化されており、教員への還元も行われています。
参考資料:
- 東京大学 知的財産本部: https://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/ip/index.html
- 大学知的財産本部の整備状況について(内閣府資料、2004年): https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/daigaku/dai3/siryou7.pdf
②九州大学:学生も対象とした知財ポリシー運用
九州大学では、大学院生・学部生を含む「教職員・学生等」が創出した知的財産も対象とした知財ポリシーを整備しています。
- 学生が共同研究プロジェクトに関わる際の発明の帰属や、特許収益の利益配分について明確なルールが定められています。学生が創出した知的財産に関する権利は原則として学生個人に帰属するものの、共同研究等で創出された場合は大学に帰属することもあります。
- 大学全体として大学発ベンチャー支援に積極的であり、大学発ベンチャーに対するライセンス等の対価の優遇措置に関するガイドラインも整備されています。
参考資料:
- 九州大学 知的財産ポリシー: https://airimaq.kyushu-u.ac.jp/_cms_dir/uploads/2022/08/ippolicy.pdf
- 九州大学 学術研究・産学官連携推進本部 各種ポリシー・規則: https://airimaq.kyushu-u.ac.jp/policy-rules-forms/policy-and-rules-list/
③京都大学:KURAによる知財・産学連携の一体推進
京都大学では、**京都大学学術研究展開センター(KURA)**が、研究活動支援の中核として機能しています。KURAは、研究戦略策定、競争的資金獲得支援、産学連携推進、そして知財マネジメントまでを一体的に支援する体制を構築しています。
- 知財部門とURAが密接に連携し、研究の企画段階から社会実装を見据えた知財戦略立案を支援しています。
- 研究成果の社会還元を促進するため、知財ライセンス活動や大学発ベンチャーの創出支援にも積極的に取り組んでいます。
- 教員や研究者向けに、知財に関する情報提供や相談体制も整備されており、知財の適切な取り扱いに関する意識向上にも力を入れています。
参考資料:
- 京都大学産官学連携本部 知的財産: https://www.saci.kyoto-u.ac.jp/ip-public/
- 京都大学学術研究展開センター(KURA)公式サイト: https://www.kura.kyoto-u.ac.jp/
■ 現場(知財コーディネータ)の視点から
私自身、大学で知財活動に携わる中で、「ポリシーがあることで救われる」場面を何度も見てきました。
たとえば:
- 「学生が自分で特許を出願したい」と言ってきたとき、大学ポリシーをもとに正確な説明と支援ができた
- 「企業との共同出願で意見が割れた」とき、契約指針に沿って中立的に判断できた
- 「副業としてのスタートアップに大学知財を使いたい」と相談されたとき、持分取得ルールがあったためスムーズに進んだ
こうしたケースでは、あらかじめ整備されたルールが、判断と対応の拠り所となります。ポリシーは「縛り」ではなく、「大学・研究者・企業を守る盾」であると考えています。
■ おわりに:ルールが信頼をつくる
大学知財をめぐる活動は年々複雑化しています。共同研究、起業、副業、海外展開など、従来の枠組みに収まりきらないケースが増えています。
だからこそ、大学が一貫したルールと方針を持つことが、信頼性と透明性のカギとなります。(現場の人間的にも効率的に同じ品質で業務遂行できますからね)
知財ポリシーは、単なる掛け軸ではなく、大学の知財経営に対する「姿勢」と考えると良いと思います。
次回予告(第5回)
「これからの知財ガバナンス:大学の変革と専門人材の役割」
大学知財を支える人材像と、産学連携・起業支援の未来について、国内外の潮流を踏まえて展望します。
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