第5回:これからの知財ガバナンス 〜大学変革のカギを握る専門人材の力〜
はじめに:なぜ「人」が最後のテーマなのか?
「大学知財ガバナンスガイドライン」をテーマとして、全5回の連載もいよいよ最終回となりました。
ここまで、
について解説してきました。最終回では、これらすべてを支える**「人材」**に焦点を当てます。
どれだけ制度や組織、戦略を整えても、最終的にそれを運用し、実行するのは人間ですからね。
知財ガバナンスにおける「専門人材」の重要性と、今後の大学変革にどう関与していくべきかを考えていきます。
■ 知財ガバナンスを担う3つの人材層
ガイドラインでは、知財ガバナンスに関わる人材として主に以下の3層を想定しています。
人材層 | 主な役割 | 必要な資質 |
---|---|---|
経営層(学長・副学長等) | 大学の知財戦略の方向性を示し、意思決定する | ビジョン、マネジメント能力、法的・経済的理解 |
組織運営層(知財部門・TLO等) | 発明管理、契約、特許出願、ライセンス活動などの実務運営 | 専門知識、判断力、調整力 |
研究支援・橋渡し人材(知財コーディネータ・URA等) | 研究現場と経営・社会をつなぐ翻訳・調整役 | 多言語性(研究・法務・ビジネス)、共感力、伴走力 |
このうち特に重要なのが、**第3の「橋渡し人材」**です。
■ 知財コーディネータの現場:私の経験から
私自身、大学の知財部で知財コーディネータとして、研究者・企業・経営層の間をつなぐ役割を担っています。
たとえば:
- 教員の発明をヒアリングして、特許性・市場性を評価
- 共同研究契約の知財条項を調整し、企業と交渉
- 起業希望の学生と面談し、特許のスピンアウト支援
- 学内ポリシーの見直しを法務・経営と連携して提案
これらは、単なる事務処理ではなく、高い専門性と現場感覚、調整力、そして信頼関係の構築力が必要です。
ガイドラインでも、こうした知財人材の配置と育成は極めて重要とされています。
■ ガイドラインが求める人材像
「大学知財ガバナンスガイドライン」の第5章では、研究現場と知財部門、企業をつなぎ、適切な助言を行うことができる専門人材の育成と確保が急務である旨が述べられています。
ガイドラインでは、以下のような人材の確保・育成を大学に求めています:
- 知財・契約・法務の基礎知識:知的財産の保護・活用に関する法的知識。
- 技術・研究内容の理解力:研究成果の技術的価値を評価し、研究者とコミュニケーションをとる能力。
- 事業性・市場性の評価能力:研究成果が社会でどのように活用され、経済的価値を生み出すかを判断する能力。
- 研究者・企業の双方の立場に立てる調整力:産学連携を円滑に進めるための交渉や合意形成能力。
- 政策・法制度に対する理解と対応力:国の知財政策や関連法規の動向を理解し、適切に対応する能力。
また、経営層に対しては、知財に関する意思決定を行えるだけのマネジメントスキルとビジョンが求められます。
■ 専門人材をどう確保・育成するか?
現場では、「知財人材が足りない」「雇っても定着しない」といった課題も多く聞かれます。では、どうすればいいのでしょうか。
① 多様なバックグラウンド人材の採用
- 弁理士、企業の知財部経験者
- 技術系の博士・ポスドク出身者
- スタートアップ経験者やVC経験者
大学にはこうした越境人材が必要です。特に、「研究もわかる」「ビジネスもわかる」人材が橋渡し役として重宝されます。
② 内部人材の育成とモチベーション維持
- 学内職員を対象とした知財・契約研修
- 外部研修(INPIT、JST、知財関連学会など)への派遣
- スキル認定制度(知財コーディネータ資格 等)
さらに、評価制度や昇進・処遇に反映される仕組みが必要です。専門性が正当に報われる文化が、人材の定着と育成のカギです。
③ チーム型組織とハイブリッド人材
- 単独で全部やるのではなく、知財・契約・起業支援で役割分担
- 必要に応じて外部専門家(弁理士、弁護士、VCなど)と連携
- 職種横断チームによる知財ガバナンス体制の構築
■ 海外の知財専門人材体制:MIT・スタンフォードの実例
第1回で紹介した米国の大学では、知財部門(TLO)に多様なバックグラウンドの専門職員が常勤しています。
MITのTLOスタッフ構成(2023年報告より):
- PhD取得者(工学・バイオ等)多数
- MBA取得者、弁理士、弁護士
- ライセンシング・アソシエイト、スタートアップ・スペシャリスト
スタンフォード大学 OTL:
- 技術分野ごとに専任担当を配置(ライフサイエンス、IT等)
- 起業支援専門スタッフも在籍
- 年間1000件近い発明開示を個別対応できる体制
これらは、人材に投資し、制度で支える知財文化の賜物です。
■ 大学の未来を支える「知財人材」の価値
大学の知財ガバナンスは、「人」を抜きにして語れません。
今後の大学は、
- オープンサイエンスとパテント戦略のバランス
- 生成AIやデータ・ソフトウェアの知財管理
- グローバル企業とのクロスボーダー契約
- 大学院生や若手研究者の起業支援
など、多様で高度な知財課題に直面します。
こうした時代において、**専門人材の存在が「大学の競争力そのもの」**となることは間違いありません。
まとめ:変革は人から始まる
「ガバナンス」と聞くと、制度や仕組みを思い浮かべがちですが、それを動かすのはやはり“人”です。
ガイドラインが示す知財ガバナンスの未来像は、人材の質と配置によって決まるといっても過言ではありません。
制度だけでなく、文化をつくる。運用だけでなく、伴走する。
大学が、そして社会が求める知財専門人材の存在が、大学と産業界を結ぶ知の架け橋となっていくことを願っていますし、私自身も引き続き微力ながらも貢献していきたいと考えています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
この5回シリーズが、大学関係者・企業の皆様・若手研究者にとって、知財ガバナンスの本質に触れる一助になれば幸いです。
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